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ひとつでは成り立たない地球なのだから他人の力を借りたっていいんじゃない

少し前北の国の知人が流氷の動画を送ってくれました。見えるところまで雪を踏みしめながら歩く音、海の音、自然が奏でる音がとても心地よい
今年はなかなか到着しなかったらしいです
そう遠くないうちに流氷を見ることも出来なくなるらしいと聞きます
自然のリズム、どれが正解でどれが不正解なのかわかりません
変化に徐々に対応していくのが生物というものなのでしょうが今生きている生命がすぐに対応できるわけでもなく、変わりゆくものに抗って要らぬ行動が更に地球を壊すことにならないことを願います。
季節の変わり時同様に変化する時ってきっとしんどいのだろうな、なんてことを思うのであります

ひな祭りは過ぎたけれど訪問先で出会った雛人形がかわいくてパチリ

心身共に緊張を伴うお仕事をされている方、古くからのお付き合いではありますがお姿を見ない期間もあり
なんぞの時には血相変えて駆け込んできては去りまた駆け込んでくる
音沙汰無いのが元気の証拠といいますから連絡をいただくとギョっとします

何度も繰り返し年も重ね日々蓄積する疲労(大まかに)をぐぃーんと元の方向へ戻す力が弱くなり
最近では無理せず他人の力を借りて大振りする傾きを小振りに留めて戻していこうと思うようになり
鍼灸を日々のメンテナンスに加えていらっしゃいます
いいんだな、人の力を借りても(とのことです)
重圧に耐えられる人ほど自分と闘う傾向にあり、弱音を吐くとか他人を頼ると負け
負けという表現が正しいかどうかはわからないけれど、どこかにそういった意識があるようです

わかりやすいストレス、過緊張が日々の環境にある方もいますが人は見えないストレスを日々抱えて生きています

外の刺激はすべてストレス
風、雨、気温、他者、仕事、家事、子育て、他愛無い会話、
自分が抱えきれなくなった時、自分の質に合わなかった時に悪さをするもので受け手(自分)の性質、体質、年齢などによりストレスの蓄積が悪さをしてきます

少しずつエネルギーを消耗してしまうもので、かなりしんどいなという時には過剰でちびちびとカラダが声を発していることでしょう

なかなか自分だけでは気づけないカラダの声、信号、変化
向き合い他者の視点で見た時に気づけることがあるものです

光りがあるから暗闇があり
朝があるから夜がある
熱いがあるから寒いがある

ひとつでは成り立たないようになっている
互いがあるから存在できる
ひとりでは生きていない
そもそも一人では誕生しない
この先はどうかな?わからない一人で生まれてひとりで生きていく時代もくるのかな

2020年代の今はひとりひとつでは成り立たないところで生きています
カラダのケアも誰かの手を借りたっていいんじゃない
そこに勝ち負けはないよ
そしてあなたが誰かに手を差し伸べられるように元気で笑っていられますように
社会の繋がりってそういうものだと思うから

ご自分の体質を知らたい、今抱えている不調のなぜなに?カラダとどう付き合えばいいのを知りたい方はカラダカウンセリング「体話」をご利用ください

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